四方山話

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自己共役な作用素(2024年1月9日)

　不確定性関係

$$\delta x\delta p_x\geq {{\hbar }\over 2}$$

（$y, z$ に関しても同様）を満たすために運動量の $x$ 成分 $p_x$ に微分作用素

$${{\hbar }\over i}{\partial \over {\partial x}}$$

を対応させることに導かれました（$y, z$ 成分についても同様）。更にエネルギーの表式

$$E={1\over {2m}}\left[ p_x^2+p_y^2+p_z^2\right] -{{e^2}\over r}$$

にそれらの微分作用素を代入して得られる作用素を ${\hat E}$ で表せば

$${\hat E}=-{{\hbar ^2}\over {2m}}\left[ {{\partial ^2}\over {\partial x^2}}+{{\partial ^2}\over {\partial y^2}}+{{\partial ^2}\over {\partial z^2}}\right] -{{e^2}\over r}$$

となります（但し、最後の項 $e^2/r$ は、このまま $\psi (x, y, z)$ にかける作用素を表します）。この作用素の固有値全体がド・ブロイの求めたエネルギー準位の全体にぴったり一致します。つまり、エネルギー作用素の固有値こそが、原子の内部に閉じ込められた電子の取り得るエネルギーの値であって、それ以外の値は取り得ないということです。この時また、$\alpha$ を固有値とする時、$\alpha$ に属する固有関数 $\psi$ を、エネルギーが確実に値 $\alpha$ を取る状態だと解釈することは、極めて自然なことでしょう。

　実はエネルギー作用素 ${\hat E}$ に対しては

$$\begin{equation} \left( {\hat E}\phi , \psi \right) =\left( \phi , {\hat E}\psi \right) \label{eq:ehatnojiko} \end{equation}$$

が任意の $\phi , \psi$ について成り立ちます。この条件 ($\ref{eq:ehatnojiko}$) の成り立つ作用素を「自己共役な作用素」と呼びますが、自己共役な作用素についてはいくつかの顕著な性質が成り立ちます。まず、固有値はすべて実数です。何故ならば、$\psi$ を固有値 $\alpha$ に属する固有関数とすれば

$$\begin{eqnarray*} \alpha \left( \psi , \psi \right) &=&\left( \alpha \psi , \psi \right) =\left( {\hat E}\psi , \psi \right) \\ &=&\left( \psi , {\hat E}\psi \right) =\left( \psi , \alpha \psi \right) =\alpha ^*\left( \psi , \psi \right) \end{eqnarray*}$$

であり、ここで $\psi \not= 0$ なので

$$\left( \psi , \psi \right) \not= 0$$

だからです。

　更に、相異なる固有値に属する固有関数は、それらの内積が $0$ だという意味で、直交します。何故ならば、

$${\hat E}\phi =\alpha \phi , \hskip 3mm {\hat E}\psi =\beta \psi \hskip 10mm \alpha \not= \beta$$

とすれば

$$\alpha \left( \phi , \psi \right) =\left( {\hat E}\phi , \psi \right) =\left( \phi , {\hat E}\psi \right) =\left( \phi , \beta \psi \right) =\beta \left( \phi , \psi \right)$$

であり、

$$(\alpha -\beta )\left( \phi , \psi \right) =0$$

の両辺を $\alpha -\beta \not= 0$ で割って

$$\left( \phi , \psi \right) =0$$

が得られるからです。従って固有関数からなる直交基底を作ることができますが、任意の関数をその基底で展開できることが証明できます。実はこの厳密な証明はかなり厄介です。作用素 ${\hat E}$ が作用する関数 $\psi$ の成す線型空間が無限次元であることがその主な理由ですが、有限次元の空間であるなら、少なくとも例示することは簡単ですので、最も簡単な二次元の空間で例を挙げておきます：

　複素数体上の二次元線型空間 ${\bf C}^2$ 内のベクトル

$${\bf a}=\pmatrix{ a_1 \cr a_2}, \hskip 3mm {\bf b}=\pmatrix{ b_1 \cr b_2}$$

に対して、それらの内積を

$$\left( {\bf a}, {\bf b}\right) =a_1b_1^*+a_2b_2^*$$

によって定義します。$*$ は共役複素数を表します。二次の正方行列はこの線型空間に作用する作用素とみなせますが、例えば

$$A=\pmatrix{ 0 & 1 \cr 1 & 0}$$

が

$$\left( A{\bf a}, {\bf b}\right) =\left( {\bf a}, A{\bf b}\right)$$

を任意の ${\bf a}, {\bf b}$ について満たすことは、簡単な計算によりわかります。つまり、作用素 $A$ はこの意味で自己共役です。そこで固有値問題を解く、つまり

$$A{\bf a}=\alpha {\bf a}$$

を満たす $0$ でない ${\bf a}$ が存在する定数 $\alpha$ を求めてみますと、$\alpha =1, -1$ であって、それぞれに属する固有ベクトルは

$${\bf a}_1=\pmatrix{ 1 \cr 1}, \hskip 3mm {\bf a}_2=\pmatrix{ 1 \cr -1}$$

です。確かに

$$\left( {\bf a}_1, {\bf a}_2\right) =0$$

つまり直交します。従って必然的に線型独立になり、${\bf C}^2$ に三個以上のベクトルからなる線型独立な系は存在し得ませんから、これらは基底を成し、他の任意のベクトルはこれらの線型結合として表せます。

　自己共役でない行列の例としては、

$$B=\pmatrix{ 0 & 1 \cr -1 & 0}$$

があります、この固有値は $\pm i$ で実数ではありません。ただ固有ベクトルは基底を成します。

$$C=\pmatrix{ 0 & 1 \cr 0 & 0}$$

も自己共役ではありません。この作用素の固有値は $0$ のみで、属する固有ベクトルは

$$\pmatrix{ 1 \cr 0}$$

の定数倍であり、固有値は実数ですが、固有ベクトルが基底を成すことはありません。

　有限次元の作用素についての例はこの辺で切り上げ、本論に帰ります：エネルギー作用素

$${\hat E}=-{{\hbar ^2}\over {2m}}\left[ {{\partial ^2}\over {\partial x^2}}+{{\partial ^2}\over {\partial y^2}}+{{\partial ^2}\over {\partial z^2}}\right] -{{e^2}\over r}$$

の固有値は

$$E_n=-{{me^4}\over {2\hbar ^2}}{1\over {n^2}}\hskip 3mm n=1, 2, 3, \cdots$$

です。上に紹介した一般論によれば、$\psi _n$ をこれらの固有値に属する固有関数とする時、それらの線型和

$$\psi =\sum _nc_n\psi _n$$

が電子の一つの新たな状態として考えられることになります。たとえば、$n_1\not= n_2$ とし、$\psi _1, \psi _2$ をそれぞれ $E_{n_1}, E_{n_2}$ に属する固有関数として

$$\begin{equation} \psi ={1\over {\sqrt 2}}\psi _1+{1\over {\sqrt 2}}\psi _2 \label{eq:psi1topsi2} \end{equation}$$

を作ると、この $\psi$ は電子の新たな状態を表すことになります。但し、$1/{\sqrt 2}$ は $\left( \psi , \psi \right) =1$ にするための係数です。もちろん

$$\left( \psi _j, \psi _k\right) =\delta _{j k}$$

とします。さてこの時、($\ref{eq:psi1topsi2}$) 式の $\psi$ は一体どんな状態を表すのでしょうか：

　この $\psi$ は ${\hat E}$ の固有関数ではあり得ません。従って、エネルギーがはっきり決まっている状態とは言えません。そこで、和の数式を敢えて翻訳すれば、『エネルギーが $E_{n_1}$ と $E_{n_2}$ の両方を同時に取る』ということになるかと思います。以前、光子の偏極について考えた時、$45$ 度の方向に偏極した光子の状態 $c$ は、$b, b'$ を水平及び垂直に偏極した光子の状態とするならば

$$c={1\over {\sqrt 2}}b+{1\over {\sqrt 2}}b'$$

であることを見ました。状況はそっくり同じです。水平もしくは垂直の方向の偏光に光線を分ける方解石の結晶に、状態 $c$ の光子を投入すると、光子は半々の確率で、水平もしくは垂直な方向に偏極して出てきます。このことから類推するに、($\ref{eq:psi1topsi2}$) 式の

$$\psi ={1\over {\sqrt 2}}\psi _1+{1\over {\sqrt 2}}\psi _2$$

の状態にある電子に対してエネルギーを測る測定装置を作動させると、半々の確率で $E_{n_1}$ かもしくは $E_{n_2}$ を、その測定装置の針が指し示すと考えられます。

　一般にはもっとたくさんの固有関数の線型和

$$\psi =\sum _nc_n\psi _n$$

が考えられますが、この $\psi$ の状態の電子に対してエネルギーを測ると、$\vert c_n\vert ^2$ の確率でエネルギー $E_n$ が得られると解釈するのが自然でしょう。その時確率の和は $1$ でなくてはいけませんが、確かに

$$\left( \psi , \psi \right) =1$$

から

$$\sum _n\vert c_n\vert ^2=1$$

が従います。但し、簡単の為に、$\psi _n$ はそれぞれ違う固有値に属する固有関数とし、

$$\left( \psi _n, \psi _n\right) =1$$

としました。

　二つ以上の相異なる状態の重ね合わせの状態、上記の $45$ 度方向に偏極した光子の状態も然り、あるいは、二重スリット実験で、二つの穴を同時に通り抜けたと考えざるを得ない状態も然りですが、そのような状態の存在はミクロな世界では広く普遍的に成り立つ事柄のようです。

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