四方山話

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位置と運動量の不確定性(2023年12月22日)

　マックスウェルの電磁気の理論によれば、加速度運動（等速直線運動以外の運動）をする電荷は、電磁波（光）の形でエネルギーを放出します。従って、原子内を運動する電子は徐々に運動エネルギーを失い、原子核に落ち込んでしまうことになります、原子自体がつぶれてしまうのです。どの程度の時間でつぶれてしまうかを計算してみると、極めて短時間であることがわかります。でも実際にはそんな崩壊は起きません。この困難はかなり深刻です。

　この困難はマックスウェルの理論の単純な適用にその原因がある、という考え方ももちろんできます。たとえば、光子の存在を加味すれば救えるかもしれません：電子のエネルギーが光によって運び去られると言っても、光子一つが担うエネルギー $h\nu$ が、電子と光との間でやり取りされるエネルギーの最小単位であるはずです。従って、電子が原子核の周りをぐるぐる回りながら徐々に連続的にエネルギーを失い、半径を減少させるという描像は成り立ち得ません。失うとしても、ある正のエネルギーをかたまりとして一度に失うのですから、エネルギーの減少や軌道半径の減少も、不連続的にガタンガタンと行われるはずです。電子のエネルギーの変化が、離散的な $E_n$ の間の遷移という形で行われることは、この観点から見ると、ある程度納得できます。

　ただ、$E_1$ よりも更に下のエネルギー状態が何故ないのか、つまり、電子が $r_1$ より原子核の近くへ何故落ち込まないのか、という疑問は、この観点に立っても依然として残ります。

$$E_1=-{{2\pi ^2me^4}\over {h^2}}$$

から $-\infty$ までの領域は無限に広がっていて、$h\nu$ を単位として刻むことには何の制約もないからです。

　従って、この深刻な困難を回避するためには、他の手を考える必要がありそうです。その方向性は、ド・ブロイの「物質の波動性」をよく考えてみると、以下のように、自然に見えてきます：

　水素の原子核、つまり陽子の回りを、ド・ブロイの言う意味での定常状態、つまり、随伴波の波長 $\lambda$ の整数倍が軌道の長さに等しい状態、式で書けば

$${{2\pi r}\over {\lambda }}=n\hskip 3mm n=1, 2, \cdots$$

が成り立つ $r$ を半径とする状態で円運動する電子は、常に

$$\begin{equation} rp\geq {h\over {2\pi }} \label{eq:pre-Heizen} \end{equation}$$

を満たすことは前回導きました。導いたと言っても、$\lambda$ と運動量 $p$ との間のアインシュタイン-ド・ブロイの関係式

$$\lambda =h/p$$

によって $\lambda$ を $p$ に置き換えただけですが！

　($\ref{eq:pre-Heizen}$) 式の意味するところをもう少し掘り下げてみます。

　円運動は多分に計算を簡単にするために導入したきらいがあり、円運動でない定常状態もあり得ることは十分考えられます。つまり、円運動に捕らわれると道を見失う可能性がありそうです。電子が原子核にどんどん近づき、最終的にはそこへ落ち込んでしまうという困難を避ける方策が、もしこの不等式に隠されているとすれば、円運動から離れて、もっと一般的に解釈し、『電子の存在がより狭い範囲に束縛されると、それが持つ運動量の範囲が、必然的に大きく広がってしまう』ことを意味すると捉えるのが、妥当でしょう。大きな運動量を持つことは大きな速度を持つことであり、必然的に外側へ向かって膨らむ傾向を帯びるはずです。従って、こう捉えることから、電子を狭い範囲に制約することに対する制限が生じるはずであり、電子が原子核に落ち込む困難を避けることができそうだからです。

　その方向性で、不等式 ($\ref{eq:pre-Heizen}$) 式

$$rp\geq {h\over {2\pi }}$$

をもう一度検討し直してみましょう：

　半径 $r$ の円軌道を描いて運動する場合、その電子の平均の位置は原子核の位置です。一方、運動量と言えば、もともとは質量×速度ベクトルであって、三次元のベクトルです。それを ${\bf p}$ で表しましょう。これまで使ってきた「運動量 $p$」は、このベクトル ${\bf p}$ の大きさを表すことになります、つまり

$$p={\sqrt {p_x^2+p_y^2+p_z^2}}$$

です。$p_x, p_y, p_z$ はそれぞれ ${\bf p}$ の座標成分です。軌道上をぐるぐる回る場合、ベクトル ${\bf p}$ は四方八方を向くことになり、従って、その平均は $0$ のはずです。厳密に言えば、${\bf p}$ の座標成分の平均値がすべて $0$ だということです。また、電子が円軌道上を運動するにつれて、$p_x$ は色々な値を取りますが、

$$-p\leq p_x\leq +p$$

の範囲に収まることは確かです。従って、$p_x$ が平均値からずれる（分散する、散らばる）範囲の大きさを、記号 $\delta p_x$ で表すなら、 $$\delta p_x=p$$

と書けます。

　同様に電子の $x$ 座標は、原子核の $x$ 座標を $X$ で表すなら

$$X-r\leq x\leq X+r$$

の範囲を変化します。よって、$x$ がその平均値（つまり $X$ の値）からずれる範囲の大きさを $\delta x$ で表すなら、

$$\delta x=r$$

と書けます。

　つまり、先に求めた不等式は

$$\begin{equation} \delta x\delta p_x\geq {h\over {2\pi }} \label{eq:x-Heizenberg} \end{equation}$$

と書き換えられることになります。もちろん $y, z$ 成分についても

$$\begin{equation} \delta y\delta p_y\geq {h\over {2\pi }}, \hskip 2mm \delta z\delta p_z\geq {h\over {2\pi }} \label{eq:yz-Heisenberg} \end{equation}$$

が言えます。

　電子の位置座標 $(x, y, z)$ と運動量 $(p_x, p_y, p_z)$ の、それぞれの平均値からのずれの間に、このような不等式が成り立つことは、ニュートン力学では考えられません。たとえば、ある点にじっと止まって動かない電子を想定することも平気でします。このような粒子については当然

$$\delta x=\delta y=\delta z=0$$ $$\delta p_x=\delta p_y=\delta p_z=0$$

であり、($\ref{eq:x-Heizenberg}$) 式などは成り立ちようがありません。従って、原子核に落ち込んでそこでじっとしてしまう電子はニュートン力学では想定できますが、($\ref{eq:x-Heizenberg}$) 式や ($\ref{eq:yz-Heisenberg}$) 式を満たす力学をもし創出できれば、その力学ではあり得ないのです。

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